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2013/03/11.Mon

休日



気分が晴れやかな時ってありますよね。

でも、それが外部からじゃなく内側から沸き起こる晴れやかな感じ。自然と、顔が綻んで、人生っていいね~と思える感覚。

そういう時って、何も自分を縛っていない状態、という感じの心が自由な感覚。

だから、「◯◯をしないと」ではなく、「◯◯をしよう」と自発的に行動したくなる。

「今を生きる」という意味って、こんな感じなのかな~と感じてくる。


人生設計は自由である。なにせ自分自身が生きているわけであり、何より自分の人生だからだ。

自分も紆余曲折があって、今の自分が在る。昨日までの信念と、今日の信念が違うこともある。



文字や言葉では「紆余曲折」「回り道」「寄り道」とか表現をするけれど、果たして本当にそれが「それら」だったのかな?と。

いつから、「真っ直ぐな人生を目指すのが当たり前」という観念を持ってしまったのだろうかと。

そういう価値観って本当に、本当に自分自身から来ている価値観なのか?と。

その瞬間に、自分の心が何か融解したような感覚になり、心からの安堵感を経験しました。もちろん、それがずっと続くわけではなく、自我、理性、本能などにまた囲まれたりもします。


「見えない所に真実がある」って言うじゃないですか。ようやく、その真意が分かりましたよ。

確かに見えないけど感じられる部分です。

頭で考えるから「哲学」になっちゃうんだな、と。
現代は特に、頭を使う優先度が高くなるから、精神バランスが崩れるのだと。自分の直感に自信がなくなるのだと。

理屈じゃないんだよね。

見えるものには一時的な幸せがあるかもしれないけど、
見えないものには恒久的な幸せがあるんだろうね。


なんて書いてると、悟り人みたいで嫌だな~(笑)
女の子好きだし、美味しいの好きだし、猫が大大好きだし、遊ぶの好きだし、何も変わる所ないですよ。

ただ、今の自分がより好きってことです☆

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心のことば | Comments(1) | Trackback(0)
2013/03/02.Sat

生きるチカラ



先日、車を運転してたらぬこさんが道端で倒れてました。
もちろん、車の往来が多い場所なんで、すぐ状況は飲み込める。

自分と関係が無かったとはいえ、胸がきゅっとツライ気持ちになる。

昔、実家に住んでた頃、目の前の道路でぬこさんが死んでた時は、やるせなくて涙が出てきたことを思い出した。

動物の死は「どんな生き方だったのかな…」と、感情移入しすぎる。マリン(昔飼ってたチンチラゴールデン)が亡くなった時は仕事できるような精神状態じゃ無かったですよ。


でも人は成長するというか変わるというか、変化するというか。

その道端に倒れてたねこさんを見て、
「よっしゃ、お前の命もらったわ。お前の命の分、オレが一生懸命生きるよ。」
と、いう気持ちになったんです。命が燃えるというか。


下を向くことはいくらでもできる。そして悪いことじゃない。心に熱がある証拠だもの。


そしてその先があることに気付いたんです。屍を越えていく大切さを。
生きてるうちに何度もそういう場面に「出遇う」でしょう。

自分と無関係でも、物事をニュートラルに見れば全て同じ。
だからこそ、そこからいろんな感情が出てくるし、力も出てくる。

心の中で常に生きている。

人は過去や未来に生きることは出来ない。
だから、今を大切にしないとなんだな、と。


ま、全然大層なこと言ってるわけでなく、自分の心次第で、物事の方向性を前にも後ろにも変えられるな〜ということなんですけどねヽ(´ー`)ノ

リーピ−
ねこ(どうぶつ) | Comments(0) | Trackback(0)
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